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Channel: 電子メディア雑感 – OnDeck
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[編集長コラム]「アルファ碁」の勝利は人間に何を迫るのか?

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 グーグル・ディープマインド社の「アルファ碁」が、世界トップクラスの棋士に勝ったことには驚きました。事前の予想では、大方の人が棋士が勝つと思っていたようですが、結果は世界中を驚かすことになりました。
 この進化の秘密はディープラーニングという手法にあります。ディープラーニングについては、前にこのコラムの「Googleフォト、動物当てテストで感じた知性」で触れましたが、膨大なデータを元にソフトウェア自身が学習するのがこれまでにない特徴です。
 今回のアルファ碁では、数千万の棋譜を覚えさせた上に、ソフトウェア同士で数百万回に及ぶ「対戦」で学習させたと報じられています。まず、はっきり人間を超えていると言えるのは、この対戦回数ではないでしょうか。人間は一生かけてもこんな回数をこなすことはできませんが、ソフトウェアはコンピュータの台数や性能を増やせば、天文学的な回数でもこなせてしまいます。これは、限られた時間の中でどのくらい学べるかという「時間」の問題でもあります。その意味で、今後はソフトウェア化できる命題においては、人間は人工知能に勝てなくなると思ったほうがよさそうです。

 人工知能に関する最近の話題として、「今後なくなる職業」がよく引き合いに出され、ユーザーサポートやレジ打ちや簿記係りなどがなくなるとされています。また、シンギュラリティという言葉も出てきました。技術が人間の能力を超える特異点のことで、この場合は「人工知能が人間の能力を超える日」として使われています。今回のアルファ碁の快挙を見ると、その日が来る現実味が増してきます。

 では将来、人工知能が台頭したときに本当に人間が迫られることは何なのでしょうか。私は、それはおそらく私たち人間の役割、そしてその存在の目的を改めて問い直すことではないかと思えます。というのは、これまでのコンピュータ化の事例では、仕事の道具や機能がコンピュータ化されると、その仕事の本質的な意味が先鋭化されることになってきたからです。
 たとえば、私はいま電子出版を推進していますが、それが高じれば高じるほどに「出版」とは何かを問い直すことになっています。物理的な形のない本を出すことも出版だとすると、出版とは何のことだったのかという問いです。ほかの事例だと、簿記ではスプレッドシートが計算はやってくれるし、駅の改札では職員の代わりにSuicaが切符のチェックをしてくれます。しかし、だからといって簿記や改札がなくなったわけではありません。つまり、道具は置き換わっても、その上位概念である目的はなくなっておらず、これまで以上にその本質を考えなければならなくなってくると思うのです。

 さて、人工知能の場合は何を置き換え、何を先鋭化させるのでしょうか。可能性としては人間の脳(の一部または全部)を置き換えてしまいそうです。では脳の目的とは何か。つまり、人間が存在する目的が問われるのではないかと予想します。
 今回のアルファ碁の快挙では、人間vs人工知能という側面だけでなく、碁とは何か、碁は何のためにやるのかが先鋭化されるのだと思います。その意味で、棋士のイ・セドル氏が対戦後に語った「碁の本質は楽しむこと。対局は楽しかった」とのコメントは、心に響く示唆に富んだものだと思いました。

インプレスR&D発行人/OnDeck編集長 井芹昌信
※この連載が書籍になりました。『赤鉛筆とキーボード』
http://nextpublishing.jp/book/6865.html


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